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ブルガリアの新型コロナウイルス感染状況 (3月の推移)

もはや誰得なの?という情報ですが、ヨーロッパの感染の変遷や対応方法を伝えるべく時系列で書き記したいと思います。あくまで客観的情報をベースにして書いています。

3月初旬

コロナウイルスではなくインフルエンザB型の流行により、国内の小中高に対して休校措置が取られました。大学に関しては各校の判断に委ねられましたが、私の大学は3月6日から11日まで休みとなりました。


3月8日

国内で初めての新型コロナウイルス感染者4名が確認されました。プレヴェン市とガブロヴォ市で二名ずつで、このうち一人は27歳と若い年齢での感染でした。2つの市ともブルガリアの中央付近に位置しており、ソフィアやプロブディヴなどの大都市を経ないと行けません。なのでこの時点で感染が広まっていることは容易に想像できました。


3月9日

上記の2都市では学校や人が集まるイベントは中止されました。ほかの地域に関しても、大規模イベントの中止や無観客試合などの策が講じられました。


3月11日

首都ソフィアで新たに2名の感染が確認されました。しかし日本のように彼らの個人情報(濃厚接触者・勤務先)などの情報は公にはされませんでした。しかし一部報道では市場で働いていたという人との接触がかなり多い場所だったので、もう感染拡大は時間の問題だろうと思っていました。


3月12日

ソフィアで感染が確認された66歳の女性が死亡した旨が発表されました。心筋系の疾患があったようですが、感染確認からわずか1日での死ということでかなりびっくりしました。そして国内7例目の新たな感染者1名が確認されました。(ここから多少の推移は省かせていただきます。)

この時点で国は休校などの判断は各学校の対策に委ねられるということでしたが、私の大学では14日から3月末までの休校措置が取られることが決まりました。


3月14日 感染者31名(うち2名死亡)

ブルガリア国内緊急事態宣言が採択されました。少し早すぎだろうというのが私の見解でしたが、この環境下の生活に慣れるという点のみにおいてはよかったのかもしれません。この日はスーパーの商品が品切れになるなど国内は少しパニック状態にありました。なお開店しているのはスーパーと薬局、一部店舗のテイクアウトのみという状態になりました。

この時点で私は日本に帰ることを決断しましたが、結果的に功を奏したと思います。

帰国時のソフィア国際空港の様子

3月16日 感染者51名(うち2名死亡)

ブルガリアの周辺国による一部国境閉鎖が実施されました。このへんの対応は国境が陸続きということもあり、日本と違ってかなり早い対応でした。私は15日に現地を出発していたので、検温くらいでほとんど滞りはありませんでした。


3月18日 感染者92名(うち2名死亡)

ブルガリアの感染症危険情報がレベル2【不要不急の渡航は止めてください】に引き上げられました。国際列車は運休となり、トルコへの陸路からの入国は禁止となりました。

日本ではブルガリアを含む欧州諸国などの38か国からの入国者に対する検疫強化措置をとり、公共交通機関の利用禁止や14日間の待機などが要請されました。(21日から運用開始)


3月21日 感染者127人(うち死亡3名)

都市間移動の制限や、屋外施設(公園など)の利用禁止が通達されました。そして高齢者専用買い物時間帯が8時30分~10時30分に設定されました。こうしたヨーロッパの対応はよかったと思います。(日本で社会的弱者に対する暴動は起こらないからかもしれませんが。) 


3月24日 感染者201名(うち3名死亡)

ブルガリア発着便が大幅に減少し始め、帰国希望者は直ちに航空券を確保するなどの行動が促されました。帰国理由であれば都市間の空港間の移動は許可されているようでした。


3月27日 感染者264名(うち3名死亡、8名治癒)

三月末まで予定されていた緊急事態宣言の4月12日までの延長が発表されました。結果的に言えることですが、延長が半月ずつで留学生にとってはとても対応に困るものでした。


3月29日 感染者331名(うち6名死亡、11名治癒)

保健省が要請患者に対して28日間の自己隔離義務を発表しました。本来ならばPCR検査にまわして陰性になるのを待つのが定石でしょうが、まだしっかりとした検査体制ができていなかったのだと思います。


3月31日 感染者359名(うち8名死亡、17名治癒)

この日から都市別感染者数が見れるようになり、圧倒的に首都であるソフィアに集中していることがわかりました。また公共の場でのマスク着用義務令が発表されました。

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